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天が岡若宮神社(神戸市西区) / AMAGAOKA WAKAMIYA-SHRINE ( NISHI-KU,KOBE CITY )_d0397300_05122181.jpg
宅地開発が進み、すっかり住宅に囲まれてしまった「天が岡若宮神社」。だが参道となる階段を上がると、杜の面影が拝殿の背後に広がっている。
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春日造りの社殿は昭和50年(1975)、氏子一同が子々孫々の繁栄と幸福を願い新築したものだ。祭神は顯宗(ケンソウ)天皇を主に、仁賢(ニンケン)天皇、安閑(アンカン)天皇を配し祀る。神戸市西区から三木市に多い弘計と億計の兄弟伝承に繋がる御社でもある。
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その向かいには立派な能舞台がある。神戸市の西区から北区にかけて、能舞台や農村歌舞伎舞台が多数観られる。もちろん社殿に向かうことで神事を中心に行われているのだろうが、文化と娯楽に富んだ地域だったのだろう。

そんな御社だが、実は神代の頃からの古社かも知れないのだ。

例によって兵庫県神社庁HPが詳しい。それによると、天皇の治下になり、磐境の自然石をこの麓の地に降ろした。天皇の神々がこの磐座に宿られたと信仰が広まり天文2年(1533)、「若王子権限」として建立している。つまりそれ以前は山上にある磐座を神体として、神殿のない神奈備による信仰が行われていた。天が岡の峰に子宝と安産を護る磐墳を祀った二千数百年前が創始というのだ。実際、その頃の生活跡となる弥生高地住居跡が、この近辺でいくつも見つかっている。
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「若王子権限」を今に伝えるのが境内社の「巌上神社」だろう。社殿の前と境内に、その頃のものと思われる磐座が祀られている。この御社は写真も多いので、後日に別項でも綴りたい。
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また立派な鳥居がある「八幡神社」も境内社として鎮座。向かって右に誉田別命(ホンダワケノミコト=応神天皇)、中央に伊弉諾尊(イザナギノミコト)と伊邪那美(イザナミノミコト)、向かって左に倉稲魂命(ウカノミタマノミコト)が祀られている。

立地からは想像ができないほど、密度の濃い御社だ。

# by sareko026 | 2026-04-11 05:20 | 秘神社 | Comments(0)
中道八阪神社 境内社 玉造戎神社(大阪市東成区) / TAMATHUKURI EBISU-SHRINE ( HIGASHINARI-KU,OSAKA CITY )_d0397300_04162368.jpg
寛仁元年(1017)に創建された「中道八阪神社」の境内に、「玉造戎神社」が本殿に向かって左隣に鎮座している。玉造のえべっさんと親しまれており、本社公式HPでも別項扱い。祭神はもちろん大国主大神(オオクニヌシノオオカミ)と事代主大神(コトシロヌシノオオカミ)。玉造のダイコクさんとエビスさんだ。
中道八阪神社 境内社 玉造戎神社(大阪市東成区) / TAMATHUKURI EBISU-SHRINE ( HIGASHINARI-KU,OSAKA CITY )_d0397300_04175033.jpg
社殿は境内でも最も古いもので、天正12年(1584)に建てられた。当時は「八阪神社」の本殿として主祭神を祀り鎮座していたそうだ。現在の「八阪神社」の本殿が完成したことにともない、大正13年(1924)に主祭神の御霊が移された。その後、昭和23年(1948)に旧本殿だった社殿に、島根県松江市の「美保神社」より、事代主大神の分霊を移して祀り、さらに出雲の国造りの神である大国主大神を合祀したのがはじまり。
中道八阪神社 境内社 玉造戎神社(大阪市東成区) / TAMATHUKURI EBISU-SHRINE ( HIGASHINARI-KU,OSAKA CITY )_d0397300_04202984.jpg
朱色の社殿は美しく、格子が意匠として映えている。「玉造戎神社」と大きく書かれた白い鳥居との組み合わせも珍しく、なるほど別格だと思った。大阪府内の神社には、商業都市らしく、境内社に別格で扱われているエビス社が多い。毎年1月9~11日に玉造戎祭が開かれ、甘酒の接待、神楽、出店で大いに賑わうとのこと。

# by sareko026 | 2026-04-10 04:22 | 要神社 | Comments(0)
上賀茂神社 境内社 岩本神社(京都市北区) / IWAMOTO-SHRINE ( KITA-KU,KYOTO CITY )_d0397300_06070663.jpg
「上賀茂神社(賀茂別雷神社)」の本殿から、ならの小川に沿って歩くと、岩の上に社殿を設けた境内末社「岩本神社」がある。「岩上」の続きにあることから、磐座が頭に過るが、京都府HPによると、大岩の下の東傍にあったことから「岩本社」と呼ばれるようになり、後年になって大岩の上に乗ったそうだ。
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祭神は底筒男神(ソコツツノオノカミ)、中筒男神(ナカツツノオノカミ)、表筒男神(ウワツツノオノカミ)の住吉三神。現在の社殿は寛永5年(1628)に建て替えられたもので国の重要文化財に指定されている。平成18年(2006)には、長年の風雨で傷んだ檜皮を葺き替え、土台を安定させる工事を行った。他の御社なら確実に覆屋で保護されているだろう。
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境内ながら豊かな自然の中にあり、風情ある御社だ。

# by sareko026 | 2026-04-09 06:12 | 秘神社 | Comments(0)
昌林寺(兵庫県西宮市) / SYORIN-TEMPLE ( NISHINOMIYA CITY,HYOGO PREF )_d0397300_06482312.jpg
「津門神社」の隣に建つ「昌林寺」は、国の重要文化財に指定された木造阿弥陀如来立像が本尊という立派な寺院。それもそのはず、天延2年(974)に多田満仲(タダノミツナカ=源満仲)の九男、源賢(ゲンケン)僧都の開山と伝えられる古刹なのだ。末っ子の源賢は、幼名を美女丸(ビジョマル)と言い、数々の伝説を残している。
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修行のため、「中山寺」に預けられていた美女丸だが修行は一向に捗らない。
15歳になった時、その成果を見に来た満仲だが、経文すら読めないことを知り激怒。
すぐさま家臣の藤原仲光(フジワラノナカミツ)に、美女丸の首を刎ねるように命じた。
だが仲光は、主君の子の首を刎ねるなど到底できず、困り果てていた。
その胸中を知った仲光の子、幸寿丸(コウジュマル)は自分が身代わりになると申し出てる。
仲光は幸寿丸の首を断腸の思いで刎ね、満仲に差し出した。

この話を後に知った源賢が、供養のために建立したのがこの寺院なのだ。入口近くには幸寿丸の首を洗ったという明星池(首洗いの池)が史跡として整備されている。と言っても水が抜かれた普通の池なのだが・・・。それはともかく一夫多妻でガンガン子供ができる制度は少子化の解消になる気がしていたが、子が多くなれば、愛情も命も軽くなるという教訓かねえ。
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ちなみに謡曲「仲光」でも知られる美女丸伝説だが、川西市の「小童子」にも同様の話が遺されている。未訪なので近々、行ってみたい。

# by sareko026 | 2026-04-08 07:01 | 稀仏閣 | Comments(0)
布須神社 釜石(島根県雲南市) / KAMAISHI ( UNNAN CITY,SHIMANE PREF )_d0397300_04312538.jpg
「出雲国風土記」には「布須社」という名で記されている式内社「布須神社」。八岐大蛇を退治の前に須佐之男命(スサノオノミコト)が、“八塩折(やしおり)”の酒を造ったと伝えられる室山が神体という神奈備の御社だ。恐らく山頂に、その痕跡となる磐座があるのだろう。
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さらに神社の麓というか、室山の向かいの繁みに、須佐之男命(スサノオノミコト)が酒造に使ったとされる「釜石」が。八岐大蛇を退治するための“八塩折の酒”がここで作られたと思うとワクワクする。かなり想像力を駆使しないと、だが。

# by sareko026 | 2026-04-07 04:34 | 聖地・霊場・聖跡 | Comments(0)

有名どころだけではなく日常に埋もれた不思議な聖域や希少な神社仏閣を訪ね歩いています


by sareko026